悲しい呪文
17歳の夏 私は初めて深夜バスで新宿に一人で降り立った
東京の美術大学に行くために新宿の美術予備校に通うと決めたから
小田急ビルとハルタワーが重力に従って落ちてくるのではないかと
西口のルイヴィトンの看板の下にホームレスの老人が数名眠ってい
資本と権力の主張を放つ広告の下
異臭を放つホームレスはまるで都会の大気を構成しているようだと
あらゆる情報量に溶け込み、
名は 雑踏に紛れ
まるで窒素か何かのように 誰にも使われない人生 誰かが愛情を持ってつけた呼ばれない名前が
新宿という街の元素を小さく一つ 構成しているように思えた。
田園都市線が止まり 人身事故のアナウンスが流れた。
名前を知らない人間の不幸は 地下鉄では他人の予定を狂わせるだけの自然現象なのだろう。
台風だとか雪だとかと同じように
線路には 風か吹き荒れて 雪が積もり 人が降ってくる。
いつか 人身事故のアナウンスに傷つかず、知らない人生の終幕の決定を
邪魔だと思い 舌打ちする日が来ませんようにと祈りながら
まだ新鮮だった悲しみを 激しく揺れるガラスに焼き付けた。